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東京高等裁判所 昭和49年(う)806号 判決 1974年7月03日

被告人 長谷川正男

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤成雄の提出した控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官検事宮本富士男の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(理由不備の主張)について。

論旨は、原判示第一の事実につき、原判決は、被告人が、「法定の最低安全高度である三〇〇メートル以下の低空飛行を行わせる」などの航空機の運航を支配する目的を持つていた旨認定判示するけれども、原判決は、被告人が企画していた飛行地域などの具体的検討を加えることなく、また、なんらの根拠を示さずに、本件における法定の安全高度が三〇〇メートルと認定判示しているから、原判決には理由を付さなかつた違法がある、というのである。

しかし、原判決が挙示する各証拠によれば、被告人は、原判示の日教組大会が開催されている会場付近の上空を飛行しようとしたものであつて、そのとき、右会場付近には人が密集していて、航空法施行規則第一七四条によりその上空を飛行する航空機の最低安全高度が三〇〇メートル以上となることが予測されたことが認められるから、原判決は、これらの具体的状況を検討したうえ、右最低安全高度が三〇〇メートルと認定したことが明らかであり、また、原判決は、本件において被告人が企図した、航空機の強取等の処罰に関する法律第一条にいう運行支配行為の具体的内容につき、「法定の最低安全高度である三〇〇メートル以下の低空飛行を行わせるなど同機の運航を強制する」と判示しているのであつて、右判示は、右運行支配行為についての事実摘示としては十分であつて、さらに、右最低安全高度が三〇〇メートルとされる根拠までも判示する必要はないから、原判決には所論の理由を付さない違法はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点、第三点の一(原判示第一の事実についての事実誤認、法令適用の誤りの主張)について。

論旨は、原判示第一の事実につき、原判決は、被告人が、原判示のヘリコプター操縦士に対し、原判示の暴行、脅迫を加えてヘリコプターの低空飛行を行わせるなどの目的を有していた旨認定し、右被告人の企図した行為が、同法第一条にいう運航の支配に該当するとして、同法第三条の罪の成立を認めたけれども、被告人は、原判示の会場上空では、被告人の合法的指示にもとずきかなり自由な飛行ができると考えていたもので、原判示のように、ヘリコプターの操縦士を強制して低空飛行を行わせる目的をもつておらず、また、同法第一条にいう運航の支配とは、航空機の運航に関する権限を奪い、自己の欲する場所に向けて運航を強制することを指し、原判示のような法定安全高度以下の低空飛行を行わせることは、同条にいう運行の支配に該当しないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認および法令の適用の誤りがある、というのである。

しかし、原判決が挙示する各証拠によれば、被告人は、本件において、ヘリコプターの操縦士に原判示の日教組大会会場の上空を低空飛行させて、ヘリコプターから多数の保安炎筒やビラを投下するなどして、会場を混乱させようと決意していたものであつて、ヘリコプターの操縦士が、右のように被告人が多数の保安炎筒やビラを投下する間、被告人の指示に従順に従つて右会場の上空を低空飛行するものとは、とうてい考えられないことであつたので、被告人は、その間、右操縦士に対しその反抗を抑圧するに足りる原判示の暴行、脅迫を加えて、自分の意のままにヘリコプターを運航させようとした事実を優に認めることができる。所論は、右判示事実を裏付ける証拠としては、被告人の自白以外にはなく、右自白自体もきわめて信用性に乏しい、というけれども、被告人は、本件において、警察の尾行を避けながら、自宅からヘリコプターの発着場に赴き、バックに保安炎筒一五本、日教組を非難するビラ約二、〇〇〇枚、果物ナイフ一個、自己の所属する右翼団体名を墨書した垂れ幕一枚を隠し持つてヘリコプターに搭乗しようとしたものであることは、原判決挙示の被告人の供述および各供述調書を除いたその余の原判決挙示の各証拠により優に認められるのであつて、このことと、被告人が、ヘリコプターの操縦士に対し、右のように被告人が多数の保安炎筒やビラを投下する間、右会場の上空を低空飛行をするよう指示したとしても、右操縦士が任意にこれに応じる筈がないことは常識上明白であることから考えると、原判決挙示の被告人の供述および各供述調書を除いても、右判示事実を推認することができ、また、右被告人の供述および各供述調書のうち右判示事実に符合する部分は、これらの供述の経緯および内容等に照らして十分信用することができるから、右所論は採用できない。

そして、同法第一条にいう「航空中の航空機の運航を支配する」とは、航空機が航空中、その操縦士の反抗を抑圧して航空機の運航に関する権限を奪い、自己の思うとおりの運航を操縦士にさせることを指すものであつて、右運航の強制がある程度継続して行われる場合には、その後、操縦士に運航に関する権限が返還され、航空機が予定の目的地に到着して、その飛行目的が達成されたとしても、右要件の充足を妨げるものではないと解すべきであるから、本件において、被告人が企てたさきに認定した行為が、同条にいう航空中の航空機の運行を支配することに該当することは明らかである。

したがつて、原判決には、所論の事実の誤認および法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点の二(原判示第二の事実についての事実誤認の主張)について。

論旨は、原判示第二の事実につき、原判決は、被告人が原判示の果物ナイフを携帯した目的を、ヘリコプターの操縦士に暴行、脅迫を加えるためであつた旨認定しているけれども、被告人は、リンゴの皮をむくために右果物ナイフを携帯したものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかし、原判決が挙示する関係各証拠によれば、被告人が右果物ナイフを携帯していたのは、所論のとおりリンゴの皮をむく目的もあつたことが窺われない訳ではないけれども、被告人は、少くとも、原判示のとおり、ヘリコプターの操縦士を脅迫する際に使用する目的をあわせもつて右果物ナイフを携帯していたことが認められ、右携帯は、不法であつて、正当な理由による場合でないことが明らかであるから、原判決には所論の判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第四点(量刑不当の主張)について。

論旨は、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑は不当に重い、というのである。

しかし、本件は、航空機の運行支配というきわめて罪質が重く、社会的影響の大きい罪を犯す予備をしたものであつて、所論のとおり、被告人の行おうとした行為は、航空機の強取等の罪としては、規模が小さいけれども、その動機において酌量すべき余地に乏しいこと、予備とはいえ、すでに実行直前の段階に達していたこと、これが実行されていた場合には、ヘリコプター自体およびその搭乗者に重大な危害が及ぶ危険は必ずしも高くなかつたとはいえ、日教組大会を混乱させ、同種事犯を誘発させるなどその及ぼす社会的影響は少なくなかつたこと、被告人は、現在いちおう本件につき反省の意を表明しているとはいえ、なお再犯可能性が少くないものと認められること等の事実にかんがみると、被告人の刑事責任は厳しく問われるべきであつて、被告人が本件につき懲役一年の実刑に処せられるのはやむをえないものと認められる。

したがつて、原判決には所論の量刑不当はなく、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

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